誰も見ていない木は倒れるときに音がするのか?

家の近くの公園にて考えた。

静かな森と、私の思索の朝

朝、少し早く目覚めた日には、近くの公園まで足を伸ばすことがあります。まだ空気が冷たく、吐く息がうっすらと白くなる時間。木々のあいだから差し込む光はやわらかく、鳥たちのさえずりが、そっと耳に届きます。公園の奥へと続く細い道を歩いていると、ふと一本の大きな木の下で足を止めました。

その木は私の肩幅よりもはるかに太く、いったい何年ここで立っているのだろうと思わせる存在感がありました。私は静かに目を閉じて、耳を澄ませます。誰もいないこの場所で、木々はただ風に揺れ、葉がこすれる音が静かに響いていました。

ふと、「誰も見ていない森の奥で木が倒れたら、そのとき音はするのだろうか」と、そんな問いが心に浮かびました。自然の中にいると、ふだんは気にもとめないような疑問が静かにわき上がってきます。あなたは、こうした不思議な問いを、ふと心に思い浮かべることはありませんか?

見る人がいない「出来事」は、存在するのか

「誰も見ていないところで起きたこと」は、本当にこの世界にあった出来事として存在するのか――そんな問いを抱えたまま、私は公園のベンチに座りました。

誰もいない場所で咲く花や、夜のうちに降った雨の雫、そして誰にも見送られずに落ちる葉っぱ。そうした“目撃者のいない出来事”は、私たちの日常にも静かにたくさん転がっています。でも、それらは果たして「なかったこと」なのでしょうか。

私はふと、子どものころを思い出しました。放課後、家の裏山でよく一人きりで遊びました。誰も見ていない木の上で、そっと枝を揺らしたり、風の音に耳を澄ませたり。誰も知らない小さな冒険。でも、その時間はたしかに私の人生の一部で、たしかに“あった”出来事なのです。

もしかしたら、誰も見ていなくても、世界の中で静かに起きていることはちゃんと存在し、意味を持っているのかもしれません。あなたには、「誰にも知られていない大切な思い出」がありますか?

私たちの毎日も、静かに積み重なる

考えてみれば、私たちの毎日もまた、小さな出来事の積み重ねです。家族や友人が見ている部分もあれば、自分一人だけの時間もある。誰にも話さないまま胸の奥にしまい込んでいる思い、静かに過ぎていく夜のひととき、ふとした瞬間の孤独や安心感。そうした時間は、まるで森の奥で倒れる木のように、誰にも知られずにこの世界の一部になっていきます。

だけど、それらが「なかったこと」になるわけではありません。私自身の中に確かに残っているし、たとえ誰にも気づかれなくても、人生を静かに彩る大切な瞬間です。

私がときどき抱く不安の一つに、「自分の頑張りや思いが、誰にも届いていないのではないか」というものがあります。でも、たとえ誰も気づかなくても、自分自身がちゃんと感じていること、積み重ねていること、それ自体に価値があるのだと思いたいのです。

あなたは、自分だけしか知らない「大切な瞬間」をどれくらい持っていますか? それは、どんなときに思い出されますか?

存在を証明する「音」は誰のため?

木が倒れるとき、その音は森の中に響きます。たとえ誰もそこにいなくても、木自身は音を発し、周りの空気を震わせ、葉や枝が揺れ動く。その事実は、たしかに世界のどこかで起きているのです。

私たちもまた、日々のなかで小さな「音」を立てて生きています。誰かに気づいてもらうために頑張ることもあれば、誰にも見せない自分の弱さや迷いと向き合う時間もある。誰にも見られていなくても、自分自身にとっては、とても大切な「音」――それは、人生の証なのかもしれません。

最近、私は「誰のために生きているのだろう」と考えることがあります。家族や友人、仕事の仲間、大切な人たちのため。でも、誰にも見られない自分の努力や涙も、実は静かに自分を支える音として、しっかりとこの世界に響いているのかもしれません。

誰かに褒めてもらえない日も、ひとりで頑張ったことは、きっと自分の中で大切な意味を持っている。そう思うと、不思議と心が落ち着きます。

静かな存在の証を感じて生きる

ベンチから立ち上がり、もう一度あの大きな木の下に戻りました。しばらく眺めていると、風が吹いて、葉がさらさらと鳴りました。その音を聞きながら、「誰にも見られていなくても、ここに在るものは確かに存在している」と、静かに感じるのです。

きっと、森の奥で倒れる木も、見ている人がいなくても音を立て、その出来事は世界のどこかに刻まれているのでしょう。私たちも同じです。誰にも見られないときの自分も、ちゃんと「今、ここにいる」という証なのだと思います。

今日という一日も、誰にも気づかれないまま過ぎていくことがあるかもしれません。でも、その静かな一日が、確かに私という人間の人生に刻まれていく。そのことを大切にしながら、また明日も自分の歩幅で生きていきたいと思います。

あなたにも、「誰にも見られていない自分」の大切さを、そっと思い出してほしい――そう願いながら、この森をあとにしました。

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