「今が楽しければいい」と彼女が言った

ふいに投げかけられた言葉に立ち止まる
職場の休憩スペースで、湯気の立つマグカップを片手に何気ない会話をしていた。
「仕事が終わったら何しよう」「週末はどこか出かける?」そんな話題がポンポンと飛び交うなか、ふいに同僚がぽつりと「まあ、今が楽しければいいよね」と笑った。
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず手を止めてしまった。なんて軽やかなんだろう、と同時に、どこか羨ましさも感じた。私自身は、つい「明日はどうしよう」「これから先は…」と考えすぎて、目の前の“今”に意識を向けることを忘れてしまうから。
「今が楽しければいい」という言葉。その裏にあるものを、私はしばらく考えてしまった。あなたは、こんな風に思い切り“今”を楽しめていますか? それとも、未来や過去に気をとられてしまうほうでしょうか。
「今」を楽しむことのむずかしさ
帰り道、同僚の言葉が頭の中で何度も繰り返された。「今が楽しければいい」。簡単そうで、なぜか私はすぐに同じ気持ちにはなれなかった。
明日の仕事のこと、家のこと、体調や将来への不安――どうしても、あれこれと考えてしまう。でも、それって悪いことなのかな、と自分に問いかけてみる。
もし、“今”だけを切り取って生きることができたら、きっと世界はもっと色鮮やかに見えるのかもしれない。たとえば、今日の夕焼けがきれいだったとか、仕事終わりの一杯が沁みたとか。そういう小さなことに、もっと心を寄せられるのかもしれない。
でも同時に、「今」だけを見てしまうと、明日への備えや、過去から学んだことが薄れてしまう気もして、少し怖い。
あなたは、“今”に全力で飛び込むことができていますか? それとも、未来や過去にしがみついてしまう瞬間がありますか?
「楽しむ」という選択の自由

「今が楽しければいい」と言える同僚は、私から見るととても自由に見える。もちろん、彼女なりに悩みや葛藤があるのだと思うけれど、それでも笑って「今」を肯定できる強さがある。
私は、いつもどこかで「こうしなきゃ」「失敗したらどうしよう」と自分に枠をつけてしまう。でも、彼女の言葉には“自分の人生を自分で選んでいる”という自信のようなものがにじんでいた。
楽しむことは、たとえ小さなことであっても「選び取る」ことなんだと思う。
朝のコーヒーの香りに心をとめてみたり、好きな音楽に身を委ねたり、帰り道に咲いている花に気づいたり――その一つ一つが、今の自分をちゃんと生きる手がかりになる。
あなたは、今日一日のなかで「楽しい」と思えた瞬間はありましたか? どんな小さなことで、心が軽くなったでしょうか。
先のことばかり心配しないで、「今」をそっと抱きしめる
もちろん、未来を心配しないわけにはいかない。生活も仕事も、人間関係も、すべてが「今」だけでは回らないから。
でも、先のことばかり見つめていたら、目の前の幸せや楽しさに気づけなくなってしまう。
私は、同僚の「今が楽しければいい」という言葉を、時には自分にも贈りたいと思った。
“今”を楽しむことは、過去や未来を否定するのではなく、むしろ「この瞬間」をちゃんと生きている自分への信頼でもあるのだと思う。
今日も、明日も、いろんなことがある。でも、その中で「今」を大切にできたら、きっと心は少しずつ自由になれる。
どんなに小さなことでも、「今、楽しい」と感じる瞬間を、自分の手で増やしていきたい。
あなたも、もし「今を楽しめていない」と感じる日があっても、自分を責めず、ほんの一瞬だけでも「楽しい」「うれしい」と思えることを見つけてみませんか?
今日を生きる自分にやさしいまなざしを
夜、ベッドに入る前、窓の外を見上げながら思う。「今日も一日、なんだかんだで無事だった」。
それだけでも十分、今日を生きた証。
「今が楽しければいい」と言い切ることは、時に難しいけれど、そんな気持ちを胸に、明日もまた新しい一日を迎えたい。
どうかあなたの毎日にも、小さな楽しさと静かな満足がそっと訪れますように。
今日も「今」を生きる自分に、やさしいまなざしを向けて、眠りにつこうと思う。

